ここ数週間、ニュースを見ていて「フィジカルAI」という言葉に何度もぶつかりました。1回や2回ではなく、局をまたいで、しかも見出しに堂々と入っている。言葉が急に増えるときは、たいてい何かが動き始めています。
私が実際に見かけたのは、たとえばこの3本です。
日テレNEWS「【人手不足救う?】フィジカルAI”国内初”大型施設が稼働開始 データ収集を体験してみると…」
ABCテレビニュース「進化する『フィジカルAI』 加速する米中のロボット開発競争【きょうの深掘り】」
報道ステーション「100m走”人類超え”が次々と『世界ロボット大会』300社が集結”フィジカルAI”最前線」(2026年8月25日)
並べてみると、見出しの立て方が三者三様で面白い。片方は米中の開発競争という国際情勢の話、もう片方は100m走で人類を超えたという記録の話。そして日テレは、いきなり「人手不足救う?」と書いている。技術の話をしているはずなのに、日本のニュースは早々に労働力の話へ着地している。この記事では、その着地点のいちばん深いところ——介護の現場について考えます。
フィジカルAIとは、要するに「体を持ったAI」のこと
ここ数年、私たちが「AI」と呼んできたものは、ほとんどが画面の中で完結していました。文章を書く、画像を作る、コードを書く。いわゆる生成AIです。フィジカルAIは、そのAIが体を持って、現実の空間で物を持ったり運んだり歩いたりする方向のことを指します。物理(フィジカル)の世界で動くAI、という意味です。
言葉にすると「ロボットにAIを載せただけでは?」と思うかもしれません。だいたいその理解で合っています。ただ、画面の中と現実とでは、決定的に違う点が2つあります。
1つは、やり直しがきかないこと。文章の生成なら、変な出力が出ても読み飛ばして再生成すればいい。ところが物を持ち上げる動作は、失敗した瞬間に落ちて割れます。相手が人間なら、なおさらです。同じ「精度95%」でも、意味する重さがまったく違う。
もう1つは、学習に使えるデータが世の中に落ちていないこと。文章のAIが急激に賢くなったのは、インターネット上に人類が書いた膨大な文章がすでに存在していたからです。一方、「人間が物を掴むとき、どの関節をどの順で、どれくらいの力で動かしたか」というデータは、どこにも蓄積されていません。誰も記録してこなかったからです。
だから今、企業はデータを「集める」ところから始めている。日テレの動画のタイトルが「データ収集を体験してみると…」となっているのは、まさにその段階を取材しているからでしょう。言葉のAIはデータが先にあった。体のAIは、データをこれから作る。この違いは、実用化のスピードを考えるうえでかなり効いてきます。
なぜ、介護現場がこれほど注目されるのか
フィジカルAIの応用先として真っ先に名前が挙がるのが、物流倉庫と製造、そして介護です。前の2つは想像がつきます。では介護はなぜか。単純に、数字が厳しいからです。
厚生労働省の推計では、2040年度に必要となる介護職員は約272万人。これに対して2022年度の職員数は約215万人で、約57万人を増やす必要があるとされています(厚生労働省「介護人材確保に向けた取組について」)。しかも、これは人口が減っていく国での話です。増やしたい側の分母が縮んでいく。
ここが他の業界と決定的に違うところだと私は思っています。多くの業界で「AIが仕事を奪う」と言われるとき、そこには奪われる人がいます。でも介護では、奪われる側の人数がそもそも足りていない。だからロボットが入ってきても、それは「置き換え」ではなく「穴埋め」として受け止められる。導入に対する現場の心理的な抵抗が、構造的に低いのです。技術を投入する側から見れば、これほど条件のそろった市場はそうありません。
ただし、皮肉な話でもあります。介護の現場は、技術的にはもっとも難しい環境でもあるからです。工場は、床が平らで、物の位置が決まっていて、明るさも一定。介護施設は、廊下に物が置かれ、床の素材が変わり、体格も可動域も一人ひとり違う人間が相手です。ロボットにとって、規則性の少ない空間ほどの難所はありません。いちばん求められている場所が、いちばん難しい。この矛盾が、介護×AIの現在地だと思います。
AIが引き受ける部分と、引き受けられない部分
ここからが本題です。「介護がAIに置き換わるか」という粗い問いのままだと何も見えないので、仕事を分解して考えます。
引き受けが進みそうなのは、まず「介護の周り」
置き換えが早いのは、身体的な負荷と、繰り返しの事務です。具体的には次のあたり。
- 移乗・移動の補助:ベッドから車椅子へ移す動作は、腰を痛める最大の要因です。力そのものは機械が得意な領域
- 見守り:夜間の転倒や離床の検知。24時間ずっと同じ集中力で見続けることは、人間には物理的に無理があります
- 記録・転記:これはむしろ生成AI側の得意分野で、すでに実用段階に入っています
- 運搬・下膳・洗濯・備品補充:介護そのものではないけれど、一日のうちかなりの時間を食っている作業
最後の「周辺業務」は、私が思っていたより早く動いています。人型ロボットを開発するエナクティックが、洗濯・下膳・備品補充といった介護の周辺業務を担うロボットについて全国80法人以上の介護事業者とMOU(基本合意書)を結び、2026年夏から施設での実証を始めるという報道がありました(週刊高齢者住宅新聞)。
つまり、最初に機械へ渡されるのは「介護」ではなく「介護の周りにくっついている雑務」です。順序としては非常に理にかなっている。物を運ぶだけなら相手は物なので、失敗しても割れるだけで済むからです。人に触れる仕事は、その後になる。
引き受けにくいのは、「正解が本人の中にしかない」部分
では、残るのは何か。ここを考えるのがこの記事の目的です。
私は、介護という仕事の難しさの核心は「正解が本人の中にしかなく、しかも本人がそれを説明できるとは限らない」ことだと思っています。たとえば、今日はお風呂に入りたくない、と言われたとします。理由は、体が痛いのかもしれない。人に裸を見られるのが嫌なのかもしれない。今日が何かの命日で、その気分ではないのかもしれない。あるいは、昨日の担当者との間に小さな行き違いがあっただけかもしれない。
表面に出てくる情報は、どれも同じ「入りたくない」です。AIは観測できるものしか扱えません。表情、声色、心拍、直近の記録——そこまでは読める。でも「その人が何を大事にして生きてきたか」は、バイタルにも介護記録にも載っていない。家族との雑談や、何気ないひとことの中に散らばっているものです。データになっていない情報は、どれだけ賢いAIでも拾えません。
もうひとつ、私が大きいと思っているのは、介護が「結果」の仕事ではなく「関係」の仕事だという点です。ふつう、仕事の改善とは速く正確にすることを指します。ところが介護には、急がせないこと、待つこと、同じ話をもう一度聞くことが、そのまま仕事の中身になっている領域がある。効率を上げると質が下がる。この構造は、最適化を得意とするAIともっとも相性が悪い部分です。「待つ」を目標に組み込むのは、技術的にというより、そもそも設計思想として難しい。
そして、責任の問題があります。機械が判断して何かが起きたとき、誰の判断だったことにするのか。この問いに社会が答えを出していない以上、最終的に「決める」役割は人間に残り続けます。技術の限界ではなく、制度と合意の問題として残る。
ここまで書いて、自分でも意外だった結論があります。AIが周辺業務を引き受けるほど、人間の介護職の仕事は「その人と関わること」に純化していくということです。これまで、洗濯や記録や備品の補充に押し出されて十分にできなかった部分こそが、これからは仕事の本体になる。
楽になる、という話ではありません。量は減るけれど、求められる質は上がる。雑務という逃げ場がなくなる、とも言えます。「今日は忙しくて話を聞けなかった」が言い訳として通らなくなる日は、たぶん来ます。そこまで含めて、介護職の変化なのだと思います。
これから介護職を目指す人にとって、何が意味を持つか
「AIに奪われる仕事を選ぶのは怖い」という感覚は、他の職種ならわかります。でも介護に関しては、少なくとも数字の上では逆です。57万人足りないという推計の前では、奪われる心配より足りない現実のほうがずっと大きい。
変わるのは、仕事があるかどうかではなく、何ができる人が評価されるかのほうです。私の見立てでは、こう動きます。
- 体力・腕力の比重は下がる:移乗の補助が機器に寄っていくほど、「力があるから向いている」という評価軸は弱くなります。逆に言えば、体力に自信がないから無理だと諦めていた人にとっては、入口が広がる方向です
- 観察して言語化できる力の比重が上がる:気づいたことをチームに共有できるかどうか。AIが扱えるのは記録されたことだけなので、記録に残せる人の価値が構造的に上がります
- 機器に何をさせるかを決められる人が要る:ロボットや見守りシステムは、置けば動くものではありません。現場の運用に落とし込む役割は、必ず人間側に残ります
- 資格の意味は当面変わらない:ただし、無資格で入って働きながら研修で取る経路は、かなり一般的になっています
そのうえで、職場選びで見るところも少し変わると思います。設備や待遇はもちろん大事です。ただ、これから現場に新しい道具が入ってくる時代に効いてくるのは、その施設が「何を大事にするか」を言葉にできているかだと私は考えています。理念が言語化されている職場は、新しい道具が来たときに「これは何のために使うのか」を判断できる。逆に、そこが曖昧なままだと、機器の導入がそのまま人員削減の話にすり替わります。
私が採用ページを読んで、考え方に共感した施設
AIの話をしておいて急に求人の話かと思われそうですが、私の中ではつながっています。変化を考えるほど、結局は「どんな考え方の職場に入るか」に行き着くからです。
そこで、公開されている採用情報を地域が偏らないように読んでみて、私が個人的に「この書き方は信用できるな」と感じたところを挙げます。取材や見学をしたわけではなく、あくまで公開情報を読んだ範囲の、私の主観による選出です。また、ここに挙げた施設がAIやロボットを導入しているという話ではまったくありません。念のため。
大阪・堺|ちとせの杜 草部(株式会社care story)
大阪府堺市西区にある住宅型有料老人ホームで、定員31名・全室個室30室という小さめの規模です。私が目を留めたのは、掲げている考え方が3つ並んでいたところでした。「心に寄り添う、確かな安堵を」「『美味しい』は、元気の源」「人生の物語に、敬意を」。
3つ目です。「人生の物語に、敬意を」。この記事でずっと書いてきた「データになっていない部分」を、施設側の言葉で言うとこうなるのだと思いました。理念を抽象的なひとことで終わらせず、食事という具体まで下ろしているところにも、実務で使うために書いた文章という感じがあります。
募集はケアスタッフ(介護職・ヘルパー)の正社員で、月給250,000円〜330,000円。職能手当20,000円、皆勤手当10,000円、夜勤手当6,000円/回、賞与は年2回(2ヶ月分・実績による)。週休2日制(月9日以上)で年間休日107日、シフト制で1ヶ月あたりの総労働時間は172時間。無資格でも応募可で研修支援があり、未経験やブランクのある人にも研修を実施するとしています。歓迎要件は初任者研修・実務者研修・介護福祉士。条件を具体的な数字で開示している点も好印象でした(ちとせの杜 草部)。
青森・八戸|株式会社スマイルタカラ
青森県八戸市で介護事業と障がい福祉事業を手がけ、「マリーゴールド」「スマイルはぁと」を運営している会社です。中途採用・キャリア採用を実施していて、ライフワークバランスを大切にする方針を掲げています。
ここで印象に残ったのは、選考の流れでした。エントリーのあと説明会に参加し、遠方の人はWEB説明会でも可。そこから個別に日程を調整して、本部で面接。面接の前に説明会があるという設計は、応募者側にも「合わないと思ったら降りる」余地を残しているということです。人手が足りない業界では、とにかく面接まで一気に連れていく採用フローになりがちです。そうしていない会社は、入ったあとのことを考えていると私は受け取りました。給与などの具体的な条件は公開情報に見当たらなかったので、気になる人は直接確認してみてください(株式会社スマイルタカラ)。
神奈川・横浜|社会福祉法人 横浜市福祉サービス協会
関東からはここを。介護保険制度が始まる前から横浜で地域に根ざした介護福祉サービスを提供してきた法人で、横浜市内に160以上の事業を展開しています。募集職種は介護職、ケアマネジャー、看護師、ホームヘルパー、訪問看護師、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士、生活相談員、サービス提供責任者、介護事務など、かなり幅広い。
採用ページには「学歴や経験は問いません」と書かれていて、新卒の場合は内定後に介護職員初任者研修を取得し、受講料はキャッシュバック制度があるとされています。異動先の勤務地が横浜市内に限定されているという記載も、地味ですが大きいと思いました。全国転勤の可能性がないことが最初から明示されているかどうかは、生活設計に直結します(社会福祉法人 横浜市福祉サービス協会)。
福岡・福岡市|社会福祉法人 シティ・ケアサービス
九州から1つ。福岡市南区に本部があり、シティケア博多、ユトリア博多、シティケア長住、シティケア神松寺を運営しています。募集は介護職員(新卒・中途)、看護師(正職員)、夜勤専従パート職員、そして介護周辺業務スタッフ。中途採用は随時受け付けとのことです。
この「介護周辺業務スタッフ」という職種名に、私は少し立ち止まりました。この記事で、機械に最初に渡されるのは介護そのものではなく周辺の作業だろう、と書きました。その周辺業務が、すでに独立した仕事として切り出され、職種名として明示されている。ロボットの話ではまったくありませんが、現場が仕事の中身を分解して捉えていることの表れだと感じました。分解できている職場は、新しい道具が来たときの受け入れ方も違うはずです。
資格を持っていない人は入職後に認知症介護基礎研修を受講でき、費用は法人負担。年間休日は110日、シフト制(早出・日勤・遅出・夜勤)。新卒初任給は大学卒199,000〜207,000円、短大・専門卒195,500〜200,500円、高卒187,000〜192,000円と公開されています(社会福祉法人 シティ・ケアサービス)。
長崎|社会医療法人春回会
最後に、少し毛色の違うところを。長崎県の社会医療法人で、急性期病院や脳神経疾患センター、緩和医療、健診センターを持ちながら、在宅医療・介護と老人ホームも運営しています。介護職の募集は、住宅型有料老人ホーム「春の家」と特別養護老人ホーム「めざめ」の2施設です。
選んだ理由は、医療と介護が同じ法人の中にある形だからです。医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、ケアマネジャー、介護職が同じ採用サイトに並んでいる。フィジカルAIにせよ記録の自動化にせよ、これから入ってくる技術は医療と介護の境目で価値が出るものが多いはずで、その境目が組織の中にある環境は、経験を積む場所として面白いのではないかと思いました(社会医療法人春回会)。
まとめ
フィジカルAIは、まだデータを集めている段階です。100m走で人類を超えたロボットがいる一方で、人ひとりをベッドから起こす動作は、いまも研究の対象です。走ることと、人に触れることの間には、想像よりずっと深い谷があります。
それでも、周辺業務から順に機械へ渡っていく流れは始まっています。そのとき人間の介護職に残るのは、記録に残っていないその人の歴史を汲み取ることと、急がないという判断と、最後に決める責任です。仕事の量が減って、質の要求が上がる。私は、それを「楽になる」とは呼びたくありません。呼ぶとしたら、仕事が本来の形に戻っていく、でしょうか。
この見立てが当たっているかどうかは、5年後にまた書きます。
ケートエーアイの記事をGoogleで見つけやすくする
Googleの「優先する情報源」に登録すると、検索結果の上位ニュースやAIによる概要でケートエーアイの記事が出やすくなります。お使いのGoogleアカウントに保存され、いつでも解除できます。


当記事に対してのコメントをご記載くださいませ!